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第5回 鹿島建設株式会社

活躍女性に聞く 仕事でも、家庭でも、大きな夢を実現したい

「大きいものをつくりたい」と大学では土木工学を学び、2002年に鹿島建設株式会社に入社された松枝繭氏。その後、羽田空港D滑走路の設計にも携わり、2006年には第一子を出産。育児休業を取得し、復職後には子育てをしながら現場勤務を担当。仕事の大変さとやりがい、家庭生活でのご夫婦の協力体制、今後の抱負などについてお聞きしました。


松枝 繭氏

鹿島建設株式会社 土木設計本部構造設計部臨海グループ
(取材時はJR稲城長沼駅JV工事事務所勤務)

Profile
Profile
2002年
鹿島建設株式会社入社。土木設計業務を担当。
2006年
約1年半産前産後休暇および育児休業を取得。
復職後、再び土木設計業務を担当。
2009年
JR国立駅付近の高架化工事の施工管理業務を担当。
2010年
JR稲城長沼駅付近の高架化工事の施工管理業務を担当。
2011年
5月より現職。

"大きいもの"をつくりたくて、鹿島建設に入社

—入社のきっかけからお話しいただけますか。

松枝氏  小さい頃からモデルルームなどを見て、「自分だったらどんなものをつくるだろう」と思い描くことが好きだったので、漠然と大学では土木系か建築系に進もうと思っていました。高校3年生のときに関西国際空港を見に行って「これくらい大きなものをつくりたいな」と感じ、土木工学科を専攻しました。卒業後はゼネコンに就職したいと思っていたところ、鹿島建設が女性総合職を募集しているという話を教授から聞き、選考を受け2002年に入社しました。

—2002年というと貴社が女性総合職の積極採用に着手された頃ですね。最初に配置された部署に総合職の女性はいらっしゃいましたか。

松枝氏  土木設計本部に配属された当初は総合職の女性はいませんでしたが、一般職の女性はいましたので、女性がいないという職場ではありませんでした。一般職の方とは一緒に昼食を取ったり仲良くさせていただいていたので、特に自分だけが女性総合職だということでの気苦労などは感じませんでしたが、今思えば周りの方々にはいろいろとお気遣いをいただいていたのだと思います。

—土木設計本部ではどんなお仕事をされていたのですか。

松枝氏  最初の2年は造成グループで企画設計業務を担当していましたが、3年目のときに移った都市海洋グループではいわゆる入札設計や詳細な構造設計をすることになり、私も羽田空港D滑走路の設計に携わりました。最初の頃は今やっていることが業務全体の中でどういう位置づけなのか、どのような結果があれば前進することができるのかを理解することが大変でした。また、忙しい中でも上司や先輩方には色々と教えていただきましたが、やはり試行錯誤の毎日でした。入社後最初の試練だったかもしれません。

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