WEBマガジン EVOLUTION Vol.3 グッドプラクティス企業

第3回 東京電力株式会社

地元で社会的な仕事がしたいと30年前に同社群馬支店に入社。事務系新入社員の配属は、男性は検針、女性は料金計算という時代、とくに上を目指す意識はなく、入社6年後に出産。16年目で主任になったときも「いやだな」と思い、管理職登用のお話からも逃げ回っていたとか。現在は本店 販売営業本部で課長として全店を統括する部門に所属する佐手あい子氏にご自身の意識改革や、これまでの道のりについてお聞きしました。

活躍している女性に聞く

自分だけよりも、部下と一緒に成し遂げるほうが面白い

佐手 あい子氏

東京電力株式会社

本店 販売営業本部 営業計画グループ 課長

佐手 あい子
東京電力株式会社
本店 販売営業本部 営業計画グループ 課長

PROFILE

1980年 東京電力群馬支店に入社。1996年 同支店館林営業所営業課 主任。2000年 栃木支店佐野営業所営業課。2002年 群馬支店営業部営業企画グループ、2003年 同グループ 係長。2005年 同支店太田支社生活営業グループ マネージャー。2006年 同支店営業部生活営業グループ マネージャー。2009年より現職。趣味は旅行と読書。

男女の役割分担が色濃い時代、家族的な職場の理解に助けられた

-入社のきっかけと、入社時の職場の印象をお話いただけますか。
佐手氏 地元(群馬)にいてほしいという親の希望があり、また私は公共的な仕事をしたいと思っていたので、東京電力の群馬支店に入社しました。最初に配属されたのは料金計算課でしたが、入社当時(1980年)はオイルショックの影響で電気料金を値上げした時だったので、とても慌ただしくバタバタしていました。課は60人くらいの比較的大きいグループだったのですが、そのうち50人くらいが女性で、まだ制服もあり先輩後輩の意識も強い時代でした。

-料金計算課は、女性比率の高い職場だったのですね。
佐手氏 ほかの部署は圧倒的に男性が多かったのですが、料金計算課はデスクワークだったので女性が多かったのだと思います。入社して6年後の1986年に娘を出産し、1996年には館林営業所へ異動となり、そのとき主任になりました。

-出産された当時は、どのような環境でしたか。
佐手氏 私が入社した頃は大半の方が結婚や出産で辞めていましたし、私も漠然と子どもができたら辞めるだろうと思っていました。しかし実際に出産してみると、辞める理由が見あたらなかったのと、仕事も面白くなってきた時期だったので、なんとかなるだろうと思ってしまいました。当時は育児休業制度がなく、産後2カ月程度の休業を取得して、復職後は保育所を利用していました。

-子育てとの両立で、大変に思われたことはありましたか。
佐手氏 子どもが3歳のときに小児ぜんそくを発症し、小学校5年生まで続きました。とくに春と秋は発作が頻繁だったので、そんな時は正直仕事を辞めて子どもの面倒をみたいと思うこともありましたが、幸い自宅と職場が近く、子どもを病院に連れていって職場に戻ることを許していただいていました。職場のみなさんにほんとうに助けられて、仕事を続けることができたと思います。

最初はいやだった管理職、1年後には面白さを知る

-入社してから16年後に主任になられていますが、その間、不満はありませんでしたか。
佐手氏 処遇などの不満はまったくありませんでした。主任に任命されたときは、むしろ「いやだな」という気持ちでした。私は高卒で入社していますし、周りに女性管理職がいなかったこともあり、上にあがるという意識はありませんでした。その後、2年間栃木支店の佐野営業所に赴任して、2002年に再び群馬支店に戻り、営業企画グループの係長を経て、2005年には同支店太田支社 生活営業グループのマネージャー(管理職)に、その翌年(2006年)には同支店営業部 生活営業グループのマネージャーに任命されました。

-マネージャーに任命されたときはいかがでしたか。
佐手氏 管理職に任命される前年に、上司から「本店で講演会があるので行きませんか」と言われ、本店に行く機会はあまりないので、見学にいく気分で参加することにしました。後でわかったのですが、その講演会は「女性リーダー研修」という女性管理職を育成するための研修で、「行かなきゃ良かった」と思いました(笑)。研修は全支店から29名の女性が集められ、半年間に15回ありました。研修メンバーとは仲良くなって、今でも半年に1回集まっています。研修で勉強になったことももちろんありますが、全店にネットワークができたことが一番の収穫でしたね。

-ご自身の意識が変わってきたのは、どのようなきっかけでしょうか。
佐手氏 管理職として辞令をいただいてから1カ月近くと、実際に着任してからの2カ月くらいは、本当に不安でいっぱいでした。「仕事のエキスパートが良い管理職とは限らない」と言われましたが、それでも経験のない業務でしたので、「メンバーより仕事を知らない管理職なんて……」と、吹っ切れない日々が続きました。でも、ある日別のグループのマネージャーに、「どうして私が女性で最初の管理職になっちゃったんだろう」と思わずグチを漏らしたところ、「管理職になりたいのにチャンスがない人もいるのだから、そういうことを言うのは失礼だ」と言われて、「その通りだな。それにそんな後ろ向きの上司では自分のメンバー(部下)にも申し訳ない」とようやく気づいて、それからは「向き・不向き」よりも、「前向きに」という気持ちを持つようにしました。

-管理職の魅力と思われる点をお話いただけますか。
佐手氏 あまり良い言い方でないかもしれませんが、自分が動くより、人を動かして仕事をするほうが、できる仕事も広がるし面白いと思いました。管理職になるとグループの目標に対する責任も負わされますし、メンバーの育成も肩に乗ってきます。でも、「成し遂げたときの達成感は責任の重さに比例する」と、1年後には実感できました。

「まずは教わっていくしかない」、部下の個性を活かすことを心がける

-佐手さんに管理職の適性があることを、上司の方は見抜いていたのですね。管理職になると、部下も増えたと思いますが、どのようにリーダーシップをとられたのですか。
佐手氏 群馬支店の生活営業グループマネージャーをしていたときは、50名程度のメンバーがいて、うち女性は2割と圧倒的に男性が多く、年代も20代~50代と幅広いものでした。どうリーダーシップをとっていくかは私も一番不安でしたが、初めての仕事でマネージャーになってしまったので、「まずは皆さんに教わっていくしかない」と思い、いろいろな方に得意分野を教えてもらいました。生活営業グループはイベントの仕事が多く、土日勤務もあるのですが、その頃は子どもも高校を卒業していたので、仕事に専念できる環境だったことは良かったと思います。
 イベントでは、たとえばオール電化生活をお勧めしたり、原子力発電所へご案内したりします。メンバーにはそれぞれ培ってきたお客様対応スキルがありますし、お客様の受け止め方は一律ではありません。統一した対応をするよりも、それぞれの個性を活かし、お客様に合わせた対応をしてもらうように心がけました。そしてメンバーと改善すべき点を話し合って、つねに「前回よりも良いイベントにしたい」という気持ちでやってきました。

-イベントを開催する中で、大変だったということはありましたか。
佐手氏 これは全社的なことですが、2007年に新潟県中越沖地震が起こり、原子力発電所が停止し、さまざまなイベントやテレビコマーシャルなどを自粛することになりました。大々的なイベントができない分、メンバーと一緒に草の根的な仕事をしていたという時期はありました。

厳しい経験が、人を成長させることを実感

-部下の方々と協働しながら、地元に根付いてやってこられたのですね。
佐手氏 28年近く群馬支店におりましたので、さすがにどこの事業所にも知っている方がいて、仕事をする上での人間関係はある意味楽でした。それが2年前の2009年に本店(東京)勤務となり、知らない人、慣れない環境の中で仕事をする厳しさを知りました。仕事の話に入る前に、「私は佐手と申します。こういう仕事をしておりまして……」というところから始めなければならない。当たり前のことかもしれませんが、それまで群馬という限られた社会の中で生きてきた私には、そんなことが大変でした。でも、そういうことを経験することによって、「もうどこへ行っても恐くない」という強い気持ちを持つことができました。

-「本店に」と言われたときは、どう思われましたか。
佐手氏 この年でそのような辞令が出るとは思わず、本当にびっくりしました。高卒の私にとって、本店は大卒で仕事のできる人が集まっている別世界というイメージがありましたし、自宅通勤はできないので単身赴任ということで初の一人暮らし、満員電車に乗れるかなど、いろんなことが不安でした。でも、実際に本店に来てみたら、皆さん親切に接してくれましたし、東京での生活にも慣れて、今は新たな環境で、新たな気持ちで仕事に取り組むことができています。

-群馬での28年があったからこそ、本店でも力を発揮できているのだと思いますね。単身赴任に関して、ご家族の反対はなかったのですか。
佐手氏 「行く? どうする?」ということではなく、辞令が出た以上は行くしかないので、「はい、辞令が出ました。では行ってきます」という感じでしたし、家族も「そうですか。では、行ってらっしゃい」と淡々としていました(笑)。

目先の大変さにとらわれないで。甘えるか、一歩出る覚悟を持つかは自分次第

-佐手さんは30年のキャリアをお持ちですが、女性が長く働くためには何が大切だと思われますか。
佐手氏 多くの女性の場合、結婚・出産・子育てなど、男性とは違うライフステージ上での役割があります。仕事を辞めようと考えるのは、仕事以外の負担が大きくなる、そんな時だと思います。子どもが病気で突然休まなければならない、子どもが小さいから残業できないとか、単身赴任は無理だとか、そういうことを大きく捉えてしまうとつらくなります。その時々に自分が持っている時間の中で精一杯やっていれば、周りの方はちゃんと理解してくれると思いますし、目先の大変さにとらわれず、少し先のことまで考えて、頑張りすぎないことが大切だと思います。

-企業側の意識の変化については、どのように感じられますか。
佐手氏 女性が管理職になることが当たり前になってきましたし、優秀な人に対しては、男性、女性に限らず、「この人は管理職候補として育てる」という意識が明確になってきたと感じます。あとは、私たちの覚悟次第ですね。弊社の男性は女性に優しいのですが、そこに甘えるか、それとも一歩踏み出すかは、私たち女性の覚悟次第だと思います。女性側の踏み出す勇気も必要ですね。

-最後に、就職活動中の女子学生の方にメッセージをお願いします。
佐手氏 東京電力という会社は非常にまじめな会社です。がんばった分は、きちんと応えてくれます。女性の管理職はまだ少ないですが、男性、女性にかかわらず公平に育成されますし、やりがいのある仕事ができると思います。

インタビューを終えて

今年9月に発表された東京電力グループ中長期成長宣言2020ビジョンでは、『「人」本位の経営の実践』計画の中に「徹底した人材育成」「ミドルマネジメント層強化」「多様な人材の活躍を推進」とあります。平均勤続年数が20年超と、長期に渡る同社社員のご活躍が、女性社員の職域の広がりや管理職の増加によって、さらに推進されることを期待します。

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